『田園の詩』NO.29 「私の美味求真」 (1995.5.30)


 わが山香町の隣、大分県日出町は、木下藩二万五千石の城下町です。城のすぐ
下は別府湾で、そこで取れるマコガレイは特別に≪城下(しろした)カレイ≫と呼ばれ、
殿様が珍重したというカレイ料理は、木下謙次郎氏の『美味求真』で絶賛され、全国
的に知れ渡ったといわれています。

 以前は、庶民の口に入らなかったという城下カレイを、ゴールデンウイークの最後
の日に、古くからの専門料理屋のご主人の招待で戴く機会を得ました。

 「今頃が旬と聞いておりますが?」と、お尋ねしたら、「ハイ、野イバラの白い花
が咲く頃が、一番美味しいです」という答えが返ってきました。昔から、5月とか6月
とか言わずに、「野イバラの咲く頃」と言い表してきたそうで、そこに私は何とも言
えぬ風情を感じました。


      
    5月中旬には、そこら中に咲き誇っていたのですが、あっという間に時期を逃していまい、
     やっと一輪カメラに収めることができました。     (08.6.1写)


 刺し身では、青ジソの葉が見えるほど透明だった城下カレイが、吸い物では真っ白
になっていました。まさに、「野イバラの白」そのままの色のようでした。味も絶品で、
ご主人の腕によりをかけた料理の品々を、私ども夫婦は心行くまで堪能させて戴きま
した。

 ところで、日出町に行けば、今でこそ一年中、城下カレイ料理が食べられますが、
以前は、カレイの旬の時期が終わると、次はスズキ、秋にはアジやハゲ、冬にはブリ
というように、魚の料理を変えて出していたと聞きました。私は、昔のこのような形態
のほうが理想の姿だと思います。

 日本国中、各地に名物料理があります。人々の要望に対応しての結果でしょうが、
そこに行けば、いつでもその料理が食べられる時代になりました。しかし、全ての
ものには、取れる時期や美味しく食べるに適した時期があるはずで、一年中という
のはどこかに少し無理をしていると思うのです。

 私は、大好物だからといって一年中食べられる幸せよりも、季節ごとに色々な
美味しいものを味わう喜びのほうを大とします。

 結局、私の結論は、いつも言っているように「不時不食」となるわけです。
                            (住職・筆工)

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